11月に出した見積書に、年が明けてから「あの内容でお願いします」と返事が来ます。うれしい知らせのはずが、社長の顔は曇ります。1月から材料が値上がりしていて、11月の値段では赤字に近いからです。見積書を見返すと、有効期限の欄が空いています。
この空欄が、意外と効いてきます。民法には、期限を書かずに出した契約の申込みは、「相当な期間」が過ぎるまで撤回できない、という条文があります。しかも、その「相当な期間」が何日なのかは、条文に書かれていません。期限を書いた見積書なら、期限が過ぎれば、その申込みは効力を失います。書いたかどうかで、年明けの話し合いの出発点が変わります。
この記事では、2026年10月時点の民法と商法の条文(国の法令検索サイトで確認できるもの)をもとに、有効期限を書いた場合と書かなかった場合の違い、期限が過ぎてから注文が来たときの考え方、見積書に入れておく5項目を整理します。
野村證券のリテール営業で全国約7,000名中1位を4度。いまは代理店開拓で中小企業の販路をつくる会社「コミッターズ」を経営しています。川口です。
先に結論
- 契約は、申込みに対して相手が承諾したときに成立します。書面がなくても成立します(民法522条)。
- 期限を決めて出した申込みは、期限内は撤回できず、期限内に承諾が届かなければ効力を失います(民法523条)。
- 期限を決めずに出した申込みは、相当な期間が過ぎるまで撤回できません(民法525条)。会社どうしの取引では、相当な期間内に承諾の通知がなければ効力を失うという定めもあります(商法508条)。
- 見積書が法律上の「申込み」に当たるかは、中身しだいです。品目、数量、金額、納期まで具体的に書いてあり、相手の「お願いします」で決まる形なら、申込みと見られやすくなります。
- 年末に出す見積書は、有効期限を日付で書いておくと、年明けの値上げの話がしやすくなります。
期限を書いた見積書と、書かない見積書の違い
民法の条文を、見積書に当てはめて並べます。
- 期限あり(民法523条):期限内は、出した側から撤回できません。ただし、撤回する権利をあらかじめ残しておいた場合は別です。期限内に承諾の通知が届かなければ、申込みは効力を失います。
- 期限なし(民法525条):承諾の通知を受けるのに相当な期間が過ぎるまでは、撤回できません。いつまでが相当かは、取引の中身や慣行で変わります。
- 対面や電話でその場で伝えた場合(民法525条2項・3項):話が続いている間は、いつでも撤回できます。話の間に承諾がなければ、その申込みは効力を失います。ただし、話が終わったあとも有効だと伝えていれば、効力は残ります。
もう1つ、会社どうしの取引には商法の定めがあります。商人である離れた相手に、期限を決めずに申込みをした場合、相手が相当の期間内に承諾の通知を出さなかったら、申込みは効力を失います(商法508条1項)。メールで見積書を送る取引は、多くがこの場面に当たります。
期限を書かない見積書は、「いつか効力を失う」のですが、その「いつか」が決まっていません。出した側と受け取った側で、思っている日数が違えば、そこで話がこじれます。
承諾の効力が生じるのは、承諾が相手に届いたときです(民法97条1項)。2020年4月1日に施行された民法の改正で、それまでの「承諾は発信したときに成立」という特則がなくなり、届いたときに効力が生じる形に整理されました。期限の当日に送られたメールでも、届いた時点で判断します。
仮の例:11月の見積書に、1月20日に返事が来た
従業員4人の看板製作会社(仮の例です)が、11月10日に、飲食店を経営する会社へ店舗看板の見積書をメールで送ったとします。金額は税込33万円(仮の数字)、有効期限の欄は空欄です。返事がないまま年が明け、1月20日に「あの見積の内容でお願いします」とメールが届きました。看板会社では、1月から主な材料が値上がりしています。
この場合、11月10日から1月20日まで、2か月以上たっています。看板のような注文品で、これだけ間が空けば、「相当の期間」は過ぎていたと考える余地があります。そうであれば、商法508条1項で、11月の申込みは効力を失っています。
効力を失ったあとに届いた承諾は、遅れた承諾です。民法524条(商法508条2項で準用)では、申込みをした側は、遅れた承諾を「新たな申込み」とみなすことができます。看板会社から見ると、次の2つから選べます。
- 1新たな申込みとして受けて、11月の金額で契約する
- 2受けずに、新しい金額で見積書を出し直す
ただし、「相当の期間」がどれだけかは、条文に日数がありません。相手から「2か月なら、まだ有効でしょう」と言われたら、話し合いになります。11月の見積書に「有効期限:2026年12月25日」と1行あれば、この話し合いはほとんど要りませんでした。
もう1つ、返事の中身にも気をつけます。相手が「1割引きならお願いします」と返してきた場合、民法528条で、元の申込みを断ったうえで新たな申込みをしたものとみなされます。この時点では契約は成立していません。引き受けるかどうかは、見積書を出した側が決めます。
見積書に入れておく5項目
年末に出す見積書には、次の5項目を入れておくと、年明けのやり取りが楽になります。
- 1有効期限:「発行日から30日」より、「2026年12月25日まで」のように日付で書く
- 2範囲:見積に含むもの、含まないもの(設置費、運送費、デザインの修正回数など)
- 3金額の前提:材料費などが大きく変わったときは、期限内でも改めて相談する旨
- 4納期の前提:「ご注文から○営業日」のように、注文日を起点に書く
- 5支払条件:支払期日と方法
3つ目は、民法523条1項のただし書き(撤回の権利を残した場合)に関わる書き方です。どこまで書けば撤回の権利を残したといえるかは、文言しだいで変わります。大きな金額の取引や、継続して取引する相手との基本契約では、弁護士に文面を見てもらうと安心です。
有効期限の日付は、年末年始の休みに重ならない日にします。2026年末から2027年始は、官公庁の休み(12月29日から1月3日)に合わせて休む会社もあります。期限の日に相手が休んでいると、承諾が届いたかどうかの確認に手間がかかります。12月25日前後か、1月の第2週以降にすると、確認しやすくなります。
条件を文字にしておく考え方は、こちらの記事でも扱っています。
個人に仕事を頼むとき、「条件」をメールで書いていますか?フリーランス法の最初の一歩
見積書を受け取る側から見た確認項目は、「外注の見積書の見かたと確認項目を質問と答えで整理」という記事に、質問と答えの形でまとまっています。範囲、金額、納期と支払条件、有効期限の4つが挙げられ、「一式」や「別途」と書かれた項目の確かめ方も整理されています。
出典:おまかせ係長「外注の見積書の見かたと確認項目を質問と答えで整理」
ただし、受け取る側には逆のルールもあります
例外を2つ書いておきます。
1つ目は、商法509条です。商人が、ふだん取引している相手から、自分の営業の部類に属する契約の申込みを受けたときは、遅滞なく、受けるか断るかの通知を出さなければなりません。通知を怠ると、申込みを承諾したものとみなされます。常連の取引先から注文書が届いたのに、忙しくて放っておいたら、受けたことになっていた、ということが起こり得ます。見積書を出す側だけでなく、注文を受ける側の話として覚えておきます。
2つ目は、自分が見積書を受け取る側のときです。有効期限が書かれた見積書なら、期限内は相手から撤回できません。年明けに値上げが予定されている商品やサービスを頼むなら、期限内に承諾を届けておく、という使い方もできます。承諾は、メールなど記録が残る方法で送っておくと、届いた日が確かめやすくなります。
なお、消費者を相手にする取引では、消費者契約法など別のルールが関わることがあります。この記事は、会社や個人事業主どうしの取引を前提にしています。
今日からできる最初の一歩
見積書のひな形を開いて、有効期限の欄が空いていないか確かめます。空いていたら、「発行日から○日」ではなく日付で書く欄にして、11月から出す見積書に入れておきます。
もう1つ、出した見積書の一覧に、有効期限の日付の列を足しておきます。期限の1週間前は、営業の連絡を入れる理由になります。「有効期限が近いので、ご検討状況をお聞かせください」の一言は、売り込みの電話よりずっとかけやすいはずです。営業の数字の見直し方は、こちらの記事にまとめています。
10月に営業の数字を見直す5つの視点。後半戦の売上を作る保存版
運営元:コミッターズ
令和の総合商社では、有形無形問わずに大手商社が行わないマーケティングで貴社の販路を開拓します。本気で販路を拡大したい方には60分間無料で相談に乗らせていただきます。
参考(外部サイト):e-Gov法令検索、e-Gov法令検索(2)
※一般的な解説です。個別のケースは顧問税理士・社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。