海外の商社から、初めてまとまった注文が来ました。条件はひとつだけ。「代金は、船積みから90日後に払います」。国内なら月末締めの翌月末払いに慣れていても、相手は海を越えた先の会社です。もし払ってもらえなかったら、裁判を起こすのも、現地に乗り込むのも、小さな会社には現実的ではありません。返事の前に、手が止まります。
ここで知っておきたいのが、国の貿易保険です。運営しているのは株式会社日本貿易保険で、経済産業省の資料によれば、政府が全額を出資し、経済産業省が監督する会社です。その中に、中小企業と農林水産業の輸出のための仕組みがあり、海外の相手の破産や、3か月以上の不払いで生じた損失の一部をカバーします。ただし、使える取引と使えない取引の線引きが、意外とはっきりしています。
この記事では、日本貿易保険の2026年3月版のパンフレットをもとに、2026年10月時点で確認できる条件を整理します。保険を勧める記事ではありません。掛け売りに応じるかどうかを決める前に、どんな備え方があるかを知るための1本です。食品に限らず、機械部品、雑貨、化粧品、工具など、商材や業種を問わず、日本から直接輸出する会社に当てはまる話です。
野村證券のリテール営業で全国約7,000名中1位を4度。いまは代理店開拓で中小企業の販路をつくる会社「コミッターズ」を経営しています。川口です。
先に結論:船積みのあとに「払われない」へ備える仕組みです
中小企業・農林水産業輸出代金保険の要点を、パンフレットから短く抜き出すと、次のとおりです。
- 対象:中小企業基本法の中小企業者、資本金10億円未満の企業、農林水産業の協同組合など
- 取引:日本から外国へ直接輸出する契約で、契約金額は原則5,000万円以下(前受金を含む)
- 決済:船積みの日から代金の決済日までが180日以内
- カバーする場面:船積みのあとの「信用危険」(相手の破産や、3か月以上の支払いの遅れ)と「非常危険」(戦争、輸入の禁止、送金の制限、経済制裁、自然災害など)
- 支払われる割合:損失額の95%
- 船積みの前のリスク(注文の取り消しなどで輸出できなくなる場合)は対象外
ひとことで言えば、「品物は送った、でもお金が来ない」に備えるための保険です。品物が届く前に注文を取り消された、という場面には使えません。また、経済産業省の解説資料にあるとおり、貿易保険は輸送中に品物が壊れたときの保険(貨物の海上保険など)とは別物です。
代金の受け取り方は3つ。保険は「掛け売り」のときの話です
海外取引の代金の受け取り方は、大きく分けて次の3つです。
- 1前払い:品物を送る前に代金を受け取ります。売る側は安心ですが、初めての相手には嫌がられやすい条件です
- 2信用状を使う:相手の取引銀行が支払いを約束する書類を出してもらう方法です。手続きと書類の手間が増えます
- 3掛け売り:品物を送ったあと、決めた期日に払ってもらいます。相手には喜ばれますが、未回収のリスクは売る側が持ちます
国内の取引で考えると、掛け売りは当たり前に見えます。海外の相手からも「他の国の仕入れ先は、送ってから払う条件だ」と言われることがあります。経済産業省の解説資料でも、支払いを待つ条件を出せるかどうかが、海外で契約を取れるかどうかに関わる場面がある、と説明されています。
掛け売りに応じるなら、方法は「相手の信用を確かめる」と「払われなかったときに備える」の2段構えです。貿易保険は後者の手段のひとつで、相手の信用を確かめる仕組みも一緒についています。
食品を海外へ売る流れを6つの手順で整理した「食品を海外へ売る手順は?輸出先選びから書類まで」では、決済方法を代金の回収リスクが低い順に5段階で並べ、前払いの送金を最も低い方法として挙げています。貿易保険が、取引先の破産や決済期日から3か月以上の不払いなどを対象にすることも説明されています。
出典:ひとっ飛び輸出部「食品を海外へ売る手順は?輸出先選びから書類まで」
仮の例:工具の卸が、300万円を船積み90日後の支払いで受けたら
従業員3人の工具の卸(仮の例)が、アジアの商社に300万円分の工具を輸出するとします。決済は船積みから90日後です。パンフレットの手順に当てはめると、流れは次のようになります。
- 1申込みの約2週間前まで:相手の会社を「海外商社登録」に出して、与信の審査を受けます。相手の格付が一定の区分にあることが、引き受けの条件です
- 2輸出の契約を結びます
- 3船積みをします
- 4初回の船積日から数えて5営業日後の日までに、保険を申し込みます(契約を結んだ日以降であれば、船積みの前に申し込むこともできます)
- 590日後の決済期限に、入金がありません
- 6決済期限から45日以内に、「損失等発生通知」を出します
- 7支払いの遅れが3か月以上続くと、信用危険の対象になります
- 8決済期限から9か月以内に、保険金を請求します(期限内に請求するか、猶予の申請が必要です)
- 9請求の書類を出してから、原則1か月以内に保険金が支払われます
仮に損失額が300万円だとすると、その95%の285万円が支払われる計算です(実際の損失額の出し方は約款によります。数字は仮です)。残りの5%は自分の負担になります。保険料は、相手の国、相手の格付、決済の条件などで変わると案内されているので、金額は見積もりで確かめてください。
注目したいのは、1番目の「海外商社登録」です。中小企業者や農林水産業の事業者は、相手の信用調査の資料(信用調書)を、累計8件まで無料で取れると案内されています。保険を使うかどうかを決める前に、相手の会社がどう評価されているかを知る手段として使える、ということです。
ただし:対象外になる取引と、期限の落とし穴
パンフレットで「対象外」とされている主なものを並べます。
- 船積み前のリスク(輸出できなくなった、注文を取り消された)
- 仲介貿易(日本を通らずに外国から外国へ送る取引)や、技術の提供の契約
- 第三国で調達した物やサービスを含む契約
- 申込みの時点で、出資の関係がある相手(親会社・子会社など)との取引
- 告知の義務や約款に違反したことによる損失
数字の条件にも気をつけます。契約金額が原則5,000万円を超える取引や、船積みから決済まで180日を超える取引は、この仕組みの対象になりません。
もうひとつの落とし穴が、期限です。申込みは船積みのあと5営業日後の日まで、損失等発生通知は決済期限から45日以内、保険金の請求は9か月以内。どれも、忙しい時期にはうっかり過ぎてしまいそうな長さです。「入金がないけど、もう少し待ってみよう」と様子を見ているうちに、通知の期限が近づくこともあります。入金の予定日は、カレンダーに書くだけでなく、その45日後の日付も一緒に書いておくと安全です。
保険のほかにも、前払いの割合を増やす、初回の注文だけ小さくする、信用状を使う、といった方法があります。どれを選ぶかは、取引の金額、相手との付き合いの長さ、自社の資金繰りで変わります。個別の判断は、日本貿易保険の窓口や、取引のある金融機関、専門家に相談してください。
今日からできる最初の一歩:見積書に「支払い条件」を1行書く
海外の相手と話を始めるときは、価格と同じくらい、支払い条件を先に決めておくことが大事です。見積書に、次の1行を書いておくだけでも、あとのすれ違いが減ります。
- 前払いか、品物を送ったあとの支払いか
- 送ったあとなら、船積みから何日後か
- 支払いの通貨と、振込の手数料をどちらが持つか
この1行を出したときの相手の反応も、商談の大事な材料です。条件の話を嫌がらずに返してくる相手は、長く付き合える取引先になりやすいものです。海外の販路を、国内で作った売り方の型から広げていく考え方は、こちらの記事にあります。
海外代理店は国内で型をつくってから。小さな会社が探す順番5つと型の4点セット
なお、代金の回収と、日本の消費税の輸出免税は別の話です。輸出したことを示す書類の残し方は、こちらの記事でまとめています。
海外に売ったら消費税は0円。ただし「証拠の書類」を7年残せた会社だけが得をする
保険の条件や手続きは見直されることがあります。実際に使うときは、日本貿易保険の最新のパンフレットと重要事項説明書で確認してください。
運営元:コミッターズ
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