従業員に「うちって退職金ありますか」と聞かれて、言葉に詰まったことはないでしょうか。退職金の制度を作るほどの余裕はありません。でも、何もないと言い切るのも寂しいものです。小さな会社の社長が、年末の面談あたりで一度はぶつかる場面です。
そこで名前が出てくるのが、iDeCo+(イデコプラス)です。正式には「中小事業主掛金納付制度」といいます。従業員が自分で入っているiDeCoに、会社が掛金を少し足せる仕組みです。しかも2026年12月から、本人と会社の掛金を合わせた上限が、月2万3,000円から月6万2,000円に上がります。
この記事では、2026年10月時点の法律と厚生労働省の資料をもとに、iDeCo+の仕組み、使える会社の条件、始める手順、つまずきやすい点を整理します。特定の金融機関や商品をすすめる記事ではありません。制度の形を知って、自社に合うかを考える材料にしてください。
野村證券のリテール営業で全国約7,000名中1位を4度。いまは代理店開拓で中小企業の販路をつくる会社「コミッターズ」を経営しています。川口です。
先に結論
- iDeCo+は、従業員本人がiDeCoに掛金を出していることが前提です。会社の掛金だけを出す使い方はできません。
- 使えるのは、企業年金(企業型の確定拠出年金や確定給付企業年金など)を実施していない、従業員300人以下の会社です。
- 本人の掛金は、給与から天引きして会社経由で納めます。会社はそこに自社の掛金を足して、まとめて納めます。
- 始めるには、従業員の過半数で作る労働組合、なければ従業員の過半数を代表する人の同意が要ります。そのうえで国民年金基金連合会に届け出ます。
- 2026年12月から、本人と会社の掛金の合計の上限は月6万2,000円です。本人と会社それぞれ1,000円以上6万1,000円以内で設定します。70歳まで続けられるようになります。
iDeCo+の形を、仮の会社で見てみる
言葉だけだとわかりにくいので、仮の例で見てみます。
たとえば、従業員4人の設計事務所(仮)があるとします。企業年金は何もありません。4人のうち3人がiDeCoに入っていて、それぞれ自分の口座から掛金を払っています。
この会社がiDeCo+を始めると、流れは次のように変わります。
- 13人の掛金を、毎月の給与から天引きする形に切り替える
- 2会社が、1人あたり月3,000円(仮)の事業主掛金を決める
- 3会社が、本人の掛金と事業主掛金をまとめて国民年金基金連合会に納める
- 43人のiDeCo口座には、本人の掛金に会社の3,000円が足されて入る
仮に本人の掛金が月1万円なら、口座に入るのは月1万3,000円です。1年で会社が出すのは、3,000円×12か月×3人で10万8,000円(仮の数字)になります。
ここで大事なのは、増えた分を「どう運用するか」は従業員本人が決める点です。会社が運用先を選ぶわけではありません。会社がするのは、掛金の額を決めて、毎月きちんと納めることです。
厚生労働省の資料では、本人の掛金は従来どおり所得控除の対象、会社の掛金は損金算入の対象とされています。本人にとっては「自分の掛金に、会社の分が乗ってくる」形です。
使える会社と、決めること
iDeCo+を使える会社の条件は、厚生労働省の資料では次の2つです。
- 企業年金を実施していないこと
- 従業員が300人以下であること
従業員0〜10人くらいの会社なら、人数の条件はまず問題になりません。気をつけたいのは、すでに企業型の確定拠出年金などを入れている会社です。その場合はiDeCo+の対象外になります。
始めるときに会社が決めることは、主に3つです。
- 掛金の額。全員一律にするか、段階を分けるか
- 対象者の範囲。全員にするか、一定の資格(たとえば職種や勤続年数)で区切るか
- 毎月の手続きの担当。給与計算と納付をだれがするか
対象者の範囲について、法律(確定拠出年金法68条の2)は「一定の資格」を定めてよいとしています。ただし、その資格は「特定の者について不当に差別的なものであってはならない」とも書いています。資格を決めるときにも、掛金を始めるときと同じく、従業員の過半数を代表する人などの同意が要ります。
始めるまでの手順
ざっくりした流れは次のとおりです。細かい書式は、国民年金基金連合会の案内に従ってください。
- 1自社が条件(企業年金なし・300人以下)に当てはまるか確認する
- 2iDeCoに入っている従業員がいるか、入りたい人がいるかを聞く
- 3掛金の額と対象者の範囲の案を作る
- 4従業員の過半数で作る労働組合、なければ過半数を代表する人から同意をもらう
- 5国民年金基金連合会に、実施の届出をする
- 6給与からの天引きと、会社経由の納付を始める
- 7掛金の額を決めたり変えたりしたら、対象の従業員に知らせる
届出のあとも、毎年1回、事業主の資格に関する現況を連合会に届け出る運用になっています(厚生労働省の事務連絡、令和8年3月27日)。始めたら終わりではなく、年1回の手間が続く点は覚えておくと安心です。
ちなみに、本人が会社経由で掛金を納めたいと申し出たとき、会社は正当な理由なくこれを断ってはいけない、という決まりもあります(確定拠出年金法70条)。iDeCo+を始めない会社でも、天引きの相談を受けることはありうるので、頭の片隅に置いておくとよいです。
ただし、ここでつまずきやすい
iDeCo+は仕組みが素直なぶん、思い込みでつまずく場面がいくつかあります。
- 会社の掛金だけを出すことはできません。従業員本人がiDeCoに掛金を出していることが前提です。
- 本人がiDeCoに入っていない従業員には、そもそも上乗せできません。まず本人の加入が先です。
- 上限は、本人と会社の掛金の合計で決まります。2026年11月分までは合計月2万3,000円、12月分から合計月6万2,000円です。会社の掛金を増やすと、本人が出せる額はその分だけ減ります。
- 金額の変更や中止をしたら、連合会への届出と従業員への通知が要ります。
社長自身や役員が対象になるかは、気になるところだと思います。法律の条文では、対象は「厚生年金の被保険者であるiDeCo加入者」と書かれていて、役員を外す文言は筆者の確認した範囲では見当たりませんでした。ただ、「社長と役員だけに会社の掛金を出す」ような区切り方は、先ほどの「不当に差別的」に当たらないかが問題になりえます。連合会の審査も「一定の資格」と「掛金額の段階」を見ると事務連絡に書かれています。社長を含める設計を考えるなら、届出の前に連合会や、口座のある金融機関(運営管理機関)に確認してください。税務の扱いは顧問税理士に、同意の取り方は社会保険労務士に相談するのが近道です。
社長自身の退職金の備えは、iDeCo+とは別の制度で考えるのが一般的です。社長本人向けの共済は、こちらの記事にあります。
社長の退職金は自分で作る。小規模企業共済は「全額所得控除」で、受け取るときも優遇される
また、社長1人の会社でも厚生年金に入るかどうかは、こちらで整理しています。
社長1人の会社でも、社会保険は入る?「法人」だと答えが決まっています
今日からできる最初の一歩
いきなり制度を作る必要はありません。最初の一歩は、従業員に「iDeCoに入っている人はいますか」と聞くことです。入っている人がいなければ、iDeCo+はまだ使えません。いるなら、その人数と本人の掛金の額が、会社の掛金を考える出発点になります。
年末は、面談や賞与で従業員とお金の話をしやすい時期です。2026年12月の上限引上げも、話を切り出すきっかけになります。
採用の場面でも、「退職金はありません」と「iDeCoに会社が少し上乗せしています」では、相手の受け取り方が変わります。営業で商品の強みを1行で言えるようにするのと同じで、自社の待遇も1行で言えるようにしておくと、求人票や面接で話が早くなります。
運営元:コミッターズ
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参考(外部サイト):e-Gov法令検索、e-Gov法令検索(2)、厚生労働省、厚生労働省(2)、厚生労働省(3)
※一般的な解説です。個別のケースは顧問税理士・社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。