秋は、健康診断の結果が返ってくる季節です。「要再検査」の文字を見て、ようやく人間ドックを予約する社長も多いはずです。2日コースで、胃カメラも付けて。会計のときに、ふと考えます。「これ、会社の領収書でいいよね。社長の体は会社の資産なんだから」。
気持ちはよくわかります。ただ、税金の世界の答えは、体の大事さでは決まりません。決め手は「誰が受けられる仕組みか」です。社長だけが会社のお金で受けると、その費用は社長への給与として扱われるおそれがあります。逆に、従業員も含めて希望者全員が受けられる形にしてあれば、福利厚生費として扱える余地が出てきます。
この記事では、国税庁の質疑応答事例と通達をもとに、人間ドック代を会社で払うときの線引きを、2026年10月時点のルールで整理します。社長1人の会社、家族の分、個人で払った場合の扱いも書きます。
野村證券のリテール営業で全国約7,000名中1位を4度。いまは代理店開拓で中小企業の販路をつくる会社「コミッターズ」を経営しています。川口です。
先に結論
人間ドック代を会社が払うときは、次の3つで考えます。
- 社長や役員だけが受けられる:社長への給与(経済的利益)として扱われるおそれがあります
- 一定の年齢以上など、条件に合う希望者は全員受けられる:給与として課税しなくてよいとされています(福利厚生費)
- 内容が豪華すぎる:全員が対象でも、金額が著しく多額だと給与として扱われることがあります
国税庁の質疑応答事例「人間ドックの費用負担」では、役員と使用人の全員に年2回の定期健康診断を行い、さらに35歳以上の希望者全員に2日間の人間ドックを受けさせて会社が費用を払う例が紹介されています。答えは「給与等として課税する必要はありません」です。一方で、同じ事例の中で、役員や特定の地位の人だけを対象にする場合は課税の問題が出ると書かれています。
つまり、ポイントは「社長が受けたかどうか」ではありません。「社長以外も同じ条件で受けられる仕組みがあるかどうか」です。
なぜ「社長だけ」だとダメなのか
根拠になっているのは、所得税基本通達36-29です。会社が福利厚生のために費用を負担して、役員や使用人が利益を受けても、原則として課税しなくて差し支えないとしています。ただし、次の2つは除かれます。
- 1経済的利益の額が著しく多額だと認められる場合
- 2役員だけを対象にする場合
社員旅行や忘年会の費用を定めた36-30にも、同じ「役員だけを対象として」という除外があります。会社のお金で社長だけが得をする形は、福利厚生ではなく給与の一種と見られる、という考え方です。
たとえば、従業員3人の仮の会社で、社長が会社のお金で人間ドックを受けたとします。
- 1年目:社長だけが受診。従業員には案内していない
- 2年目:「35歳以上で希望する人は会社負担で受けられる」と社内のルールを作り、従業員にも案内した。社長と40代の従業員1人が受診
1年目は、給与として扱われるおそれが高い形です。2年目は、国税庁の事例に近い形になります。従業員が実際に申し込んだかどうかより、「条件に合う人なら誰でも使える」状態にしてあるかが大事です。
給与として扱われると、話は2重に痛くなります。国税庁のタックスアンサー「役員等に対する経済的利益」(5202番)では、毎月おおむね一定の経済的利益なら定期同額給与として会社の経費(損金)になりますが、それ以外は損金にならないとしています。年1回の人間ドック代は毎月一定とはいえません。会社の経費にならないうえに、社長個人の給与として所得税の対象にもなりうる、という流れです。
会社がやる「健康診断」とは別の話
ここでよく混ざるのが、会社の義務としての健康診断です。厚生労働省のリーフレットによると、労働安全衛生法にもとづき、会社は常時使用する労働者に、雇い入れのときと、1年以内ごとに1回の定期健康診断を行います。身長・体重・血圧・血液検査・尿検査など、項目も決まっています。
この定期健康診断の費用を会社が払うのは、通常の福利厚生費として扱われるのが一般的です。人間ドックは、それより検査項目が多い「上乗せ」です。上乗せ部分を誰に出すかで、扱いが分かれます。
整理すると、次のようになります。
- 従業員の定期健康診断:法律で会社が行うもの。会社が払うのが基本
- 希望者全員への人間ドック:福利厚生費として扱える余地あり(国税庁の事例)
- 社長だけの人間ドック:給与として扱われるおそれあり
なお、社長などの役員は、労働安全衛生法の「労働者」には通常あたりません。だからこそ、社長の分は「全員を対象にした仕組みの一部」として受ける形にしておくと、説明がしやすくなります。
ただし、ここは注意です
例外や、判断が分かれやすい場面をまとめます。
- 社長1人の会社:従業員がいないので、どうしても「役員だけが受ける」形になります。給与と見られるおそれがある形なので、顧問税理士に確認してから処理するのが安全です
- 役員だけの家族経営:社長と配偶者の役員2人だけ、というケースも同じです。全員が役員なので、通達の「役員だけを対象」に近い形になります
- 家族の分:国税庁の事例は「役員や使用人の健康管理」のための負担です。役員でも従業員でもない家族の人間ドック代を会社が払うと、福利厚生の理屈には乗りにくくなります
- 豪華なコース:全員が対象でも、宿泊付きの高額なコースなど、一般的な水準を大きく超える内容だと「著しく多額」に当たるおそれがあります
- 規程がない:口頭で「受けたい人はどうぞ」だけだと、後から説明しにくくなります。福利厚生の規程やお知らせの文書を残しておくと安心です
もう1つ、社長個人で払う場合の話です。国税庁の質疑応答事例「人間ドックの費用」では、人間ドックは病気の治療が目的ではないため、原則として医療費控除の対象になりません。ただし、人間ドックで重大な病気が見つかり、引き続き治療をした場合は、その人間ドックの費用も医療費控除の対象になるとされています。個人事業主が自分の人間ドック代を払う場合も、事業の経費ではなく、この医療費控除の話になります。
経費の線引きを「誰のための支出か」で考えるのは、飲食代でも同じです。社長の会食の考え方は、こちらの記事にあります。
社長の焼肉は会議費?交際費?税務署が見ているのは「肉」ではなく「メモ」だった
今日からできる最初の一歩
人間ドックの予約を入れる前に、次の順で確認してみてください。
- 1会社に従業員がいるかを確認します。社長1人や役員だけの会社なら、先に顧問税理士に相談します
- 2従業員がいるなら、「何歳以上」「どのコース」「会社が払う上限」を決めて、短い社内ルールにします
- 3ルールを従業員に案内し、案内した日付と文面を残します
- 4社長も、そのルールの中の1人として受診します。家族の分は会社で払わないようにします
- 5領収書と社内ルールをセットで保管します
従業員の採用を考えている会社なら、就業規則・社会保険・有給など、人を雇う前の準備をまとめた記事も参考になります。
初めての採用の前に整える3つ。就業規則・社会保険・有給をまとめて確認する完全ガイド
「社長だけ」の支出を「全員の仕組み」に変えると、税金の面だけでなく、従業員にとっても会社の見え方が変わります。小さな会社では、こうした制度の話が、採用や定着のときに意外と効きます。営業で人を口説くときに「うちはこういう会社です」と言える材料を、1つ増やすつもりで整えてみてください。人間ドックの扱いは、会社の人数や規程の中身で判断が変わるので、最終的な処理は顧問税理士に確認してください。
運営元:コミッターズ
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参考(外部サイト):国税庁、国税庁(2)、国税庁(3)、国税庁(4)、国税庁(5)、厚生労働省
※一般的な解説です。個別のケースは顧問税理士・社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。