電話口で、若手の社員がもう40分、謝り続けています。代わるのか、切らせるのか。社長も、先輩も、決めたことがありません。「とりあえず謝っておいて」と言って、その場をやり過ごす社長もいます。
2026年10月1日から、この「決めたことがない」状態は、放っておけなくなりました。カスタマーハラスメント(カスハラ)への対策が、「やったほうがいいこと」から、事業主の義務に変わったからです。もちろん、従業員が5人の会社も、会社を相手にする商売も、対象です。
この記事では、2026年10月時点のカスハラ対策の義務化を、仮の例で整理します。義務の中身、カスハラと「ただの厳しいクレーム」の線引き、5人の会社が最低限決めておきたい4つを見ていきます。さらに、営業の社長に関係する、自社の社員が取引先にやってしまう側の話も書きました。
野村證券のリテール営業で全国約7,000名中1位を4度。いまは代理店開拓で中小企業の販路をつくる会社「コミッターズ」を経営しています。川口です。
カスハラ対策の義務化を先に結論:2026年10月1日から、会社の大きさに関係なく義務です
まず、根拠は、労働施策総合推進法の第33条です。事業主は、顧客や取引の相手方などの言動で、雇っている労働者の就業環境が害されないように、相談に応じる体制の整備や、抑止のための措置など、必要な措置を講じなければならないと書かれています。
実は、条文には「事業主」としか書かれておらず、従業員の人数による線引きは見当たりません。カスハラ対策の義務化に、人数の例外はないということです。さらに、厚生労働省の企業向けマニュアルも、会社を相手に取引をする会社を含め、業種・業態を問わず、すべての事業主が取り組む必要があると説明しています。なお、守られるのは、雇っている全ての労働者で、正社員でもパートでもアルバイトでも同じです。
カスハラ対策の義務化を支える5つの措置
まず、厚生労働省が示している、事業主が講ずべき措置は、次の5つです。
- 方針の明確化と周知・啓発:カスハラに毅然と対応し、労働者を守る方針を決めて、全員に知らせる
- 相談体制の整備:相談窓口を決めて、担当者が適切に対応できるようにする
- 事後の迅速かつ適切な対応:事実関係を確認し、被害を受けた人への配慮と再発防止を進める
- 併せて講ずべき措置:相談者のプライバシーを守り、相談したことを理由に不利益な扱いをしないと決めて知らせる
- 抑止のための措置:特に悪質なものへの対処の方針を決めて、対処できる体制を整える
なお、同じ2026年10月1日から、就職活動中の人に対するセクハラの対策も、義務になりました。そのため、採用面接をする会社は、こちらも確認しておきます。
カスハラとは?「怒っているお客様」とは別物です
指針では、次の3つがすべてそろったものを、カスハラと呼んでいます。
- 1顧客、取引の相手方、施設の利用者など、事業に関係のある人の言動であること(電話やSNS上のものも含みます)
- 2業務の性質などに照らして、社会通念上許容される範囲を超えていること
- 3労働者の就業環境が害されること
特に、大切なのは、2つ目です。苦情がすべてカスハラになるわけではありません。つまり、社会通念上許容される範囲の申し入れは「正当な申入れ」とされ、カスハラにはあたりません。判断は「言動の内容」と「手段・態様」の両面から行い、どちらか一方が範囲を超えるだけでも該当することがあります。
正当な申し入れとカスハラの線引きの例
たとえば、従業員4人の内装工事会社に、次のような連絡が来たとします。なお、すべて仮の例です。
- 「壁紙の継ぎ目が目立つ。直してほしい」:契約の範囲内のやり直しです。正当な申し入れとして、受け止めて直します
- 「部屋全部を無料で張り替えろ。工事と関係ない損害も払え」:内容が、契約を著しく超えています。指針は、不当な損害賠償請求などを、範囲を超える例にしています
- 「大声で怒鳴り続ける」「土下座を強要する」「3時間居座る」:手段・態様が範囲を超えています。指針は、脅迫や暴言、土下座の強要、長時間の拘束などを例に挙げています
つまり、「怒っている」ことと「範囲を超えている」ことは、別の話です。そして、怒っているお客様の話を聞くのは、会社の仕事です。そのうえで、言動が超えているかどうかを見ます。
カスハラ対策の義務化を進める、従業員5人の会社が決めておく4つ
カスハラ対策の義務化に、大きな会社のような仕組みは、5人の会社には要りません。まずは、紙1枚で決められる4つから始めます。
- 1方針:「社員を守ります。正当なご意見は受け止めます。社会通念を超える言動には、毅然と対応します」。社長の名前で紙にして、パートさんも含めて全員に渡します
- 2相談窓口:誰に話すかを決めて、伝えます。ほかのハラスメントの窓口と一緒にしても構いません。相談したことで不利にならない、とも書きます。社長に言いづらいこともあるので、社長以外に話せる人も決めておくと安心です
- 3対処のルール:指針が挙げている対処の例を、自社の言葉に直します。上司にすぐ報告する、一人で対応させない、録音・録画する(個人情報保護法を守ります)、要求が続くときは電話を切るか、お引き取りを願う、犯罪にあたりうる言動は警察へ通報する、などです
- 4記録の紙:日時、相手、内容、対応した人、録音の有無を書く欄をつくります
相談窓口は広く開けておく
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さらに、指針は、相談窓口で、発生のおそれがある場合や、カスハラにあたるか微妙な場合でも、広く相談に応じるよう求めています。つまり、「これくらいで相談していいのかな」と社員が迷う前提で、窓口を開けておきます。
なお、方針を就業規則に載せるかどうかは、会社が決めます。一方、従業員が10人未満の会社は、就業規則を作る義務はありません。10人の線引きは、こちらの記事にあります。
従業員9人の会社に就業規則は必要?「10人」の壁と、なくて困る3つの場面
カスハラ対策の義務化を仮の1日で見る:電話が鳴ってから、切るまで
カスハラ対策の義務化を踏まえて、先ほどの内装工事会社(従業員4人、仮の例)で、決めたルールが動く場面を見ます。
- 114時:お客様から電話が入ります。担当の若手は、まず事実を確認します。謝るのは、確認できた事柄についてだけにします
- 2継ぎ目の話は、契約の範囲内です。「現場を見に行く日を決めましょう」と伝えて、日程を調整します。ここまでは、ふつうのクレーム対応です
- 315時:同じお客様から、再び電話です。「全部屋を無料で張り替えろ。できなければ土下座に来い」と、大声が続きます
- 4若手は、対応できない理由を説明し、応じられないことを、はっきり伝えます。同時に、先輩か社長に代わります。録音を始め、時刻をメモします
- 5話が平行線のまま、会社で決めた時間(たとえば30分)を超えたら、「本日はここまでにさせてください」と言って、電話を切ります
- 6終わったら、記録の紙に書きます。翌朝、社長と相談して、次に電話が来たときの対応を決めます
対応時間の目安は一例です
厚生労働省のマニュアルは、時間の目安の例として、膠着状態になってから30分程度、お引き取りを願ってもなお続く場合は、合計1時間程度という数字を挙げています。ただし、これは一例で、時間は各社で決めるものだと書かれています。なお、身の危険を感じたときは、決めた時間を待たずに、警察や警備に連絡します。
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小さな会社では、上司がその場にいないこともあります。マニュアルも、そうした場合は、現場の担当者だけでも対応できるように、基本の対応方法を全員に知らせておく必要があると書いています。
例外と注意:決めつけない、取引先も、営業の側も
カスハラ対策の義務化を進めるうえで、注意したい点を、4つ挙げます。
1つ目は、決めつけないことです。マニュアルは、正当な申入れを、すぐにカスハラと決めつけることは避けなければならないとしています。もとは単なる苦情だったものが、初期対応しだいでカスハラに発展することもある、とも書いています。また、障害のある人が、差別的な扱いの禁止や、合理的配慮を求めること自体は、カスハラにあたりません。
カスハラ対策の義務化を受けた取引先と営業の側の注意
2つ目は、取引先です。「顧客等」には取引の相手方も含まれるので、会社を相手に商売をしている会社でも、取引先の担当者の言動は対象になりえます。取引先から、事実確認の協力を求められたときは、応じるよう努めることになっています(第33条第3項)。
3つ目は、営業の社長に関係する点です。第34条は、事業主(法人なら役員も)に、他の事業主が雇っている労働者への言動にも必要な注意を払うよう努めることを求めています。マニュアルも、取引先の従業員にカスハラをしてはならない、というメッセージを自社の従業員に知らせることが望ましいとしています。自社の営業が、取引先の担当者を長時間引き止めたり、怒鳴ったりしていないかも、見ておきたいところです。
カスハラ対策の義務化を怠ったときのリスク
4つ目は、放置したときのことです。まず、対応が不十分だと、都道府県労働局の助言・指導・勧告の対象になります。さらに、勧告に従わなかったときは、その旨が公表されることもあります(第42条)。第33条そのものについて、罰金などを定めた条文は、罰則の条(第49条から第51条)に出てきません。ただ、マニュアルによれば、対応を怠って従業員の心身に被害が出ると、安全配慮義務の違反を理由に、損害賠償を求められる可能性があります。また、従業員が精神障害を発病したときは、労災保険の対象になることがあります。
個別の事案が、カスハラにあたるかどうかで迷ったときは、都道府県労働局や、社会保険労務士に相談しましょう。
最初の一歩:紙1枚と、クレームの記録帳から始めます
カスハラ対策の義務化を受けて、今月中に、次の3つを済ませます。
- 1方針の紙を1枚つくり、全員に渡します
- 2相談窓口を決めて、名前を紙に書きます
- 3記録の紙を、電話のそばに置きます
どの転職サービスが自分の状況に合うかは、無料の「転職サービス診断」で整理できます。
実は、営業の仕事に、いちばん効くのは3つ目です。マニュアルは、再発防止の方法として、商品・サービス・接客の問題や、お客様とのコミュニケーション不足の改善を挙げています。そして、記録が少したまったら、月に1回、10分だけ見直します。どの説明が足りなかったのか、どの約束があいまいだったのかが見えてきて、営業の話し方を直す材料になります。
社員が辞めない会社づくりの全体像は、こちらの記事にあります。
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情報サイトのトップ:ENERGY BANK(系統用蓄電池の情報サイト)
運営元:コミッターズ
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参考(外部サイト):厚生労働省、厚生労働省(2)、厚生労働省(3)、厚生労働省(4)、e-Gov法令検索
※一般的な解説です。個別のケースは顧問税理士・社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。
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