肥料も、段ボールも、燃料も上がりました。出荷先に「単価を相談したい」と言いたいのに、「じゃあ他に頼むよ」と返されそうで、言い出せません。逆の立場でも、悩みは同じです。仕入れ先から値上げの連絡が届いて、どう返事をすればよいのか迷います。食材を扱う小さな会社には、よくある場面です。
じつは、2026年4月から、食品の取引には国の法律による新しい努力義務があります。取引の相手から「費用が上がったので、条件を相談したい」と申し出られたら、誠実に協議に応じるよう努める、というものです。協議の申出を理由に、取引の量を減らしたり、取引をやめたりしないことも、国の判断基準に入っています。ただし、申出には理由を示す必要があります。値上げを受け入れる義務でもありません。
この記事では、2026年10月20日時点の食料システム法で、誰が対象か、申出の書き方、受ける側の対応、例外を整理します。
野村證券のリテール営業で全国約7,000名中1位を4度。いまは代理店開拓で中小企業の販路をつくる会社「コミッターズ」を経営しています。川口です。
先に結論
- 正式な法律名は、「食品等の持続的な供給を実現するための食品等事業者による事業活動の促進及び食品等の取引の適正化に関する法律」です。通称は食料システム法で、2025年6月に成立しました。取引の適正化の措置は、2026年4月に始まっています
- 対象は、農林漁業者と、食品の製造・加工・流通・販売の事業者どうしの、飲食料品の売買などです。委託販売も含まれます。営利目的かどうかは問いません
- 努力義務は2つです。取引条件の協議を、費用などの理由を示して申し出られたら、誠実に応じること。持続的な供給に役立つ取組の提案があったら、必要な検討と協力をすること(第36条)
- 協議を申し出る側は、費用などの「理由」を示します。書面でなくても構いませんが、記録が残る書面やメールが有効です
- 価格を国が決める法律ではありません。協議に応じる義務であって、値上げを受け入れる義務ではありません
取引の適正化は、農林水産省の資料では、「合理的な費用を考慮した価格形成」に向けた措置とされています。
申し出る側:理由つきの1枚で出す
たとえば、従業員4人の野菜農家さん(仮の例)が、取引先の青果卸に、単価の相談をしたいとします。法律が想定しているのは、持続的な供給に要する費用など、考慮を求める事由を示して申し出ることです(第36条)。農林水産省のガイドブックには、理由を示さず、希望の条件だけを一方的に出された場合は、誠実に協議しなくても努力義務違反にはならない、とあります。
つまり、「来月から単価を上げます」の一言だけでは、法律の後ろ盾を使いにくいのです。1枚に入れるものは、次の6つです。
- 1品目と、いまの単価・数量
- 2何が、どれだけ上がったか(資材、燃料、人件費、包装、運賃など)
- 3その根拠(伝票、公表されている統計、コスト指標など)
- 4希望する条件(価格だけでなく、数量、納品の日、納品の頻度も含みます)
- 5返事がほしい期限
- 6連絡先と、申出の日付
文面のイメージは、次のとおりです(仮の例です)。
「来月の出荷分から、○○の単価について、相談させてください。段ボールと運賃が上がり、1箱あたりの費用が、仮に30円増えています。伝票を添付します。納品の頻度や規格についても、ご希望を伺って、一緒に決められればと思います。11月20日までに、お返事をいただけますか。」
期限を書いておくと、相手も動きやすくなります。判断基準では、協議は「速やかに」始めることとされています。農林水産省のガイドブックには、期限が示されていない場合でも、1か月を過ぎて協議が始まらなければ、速やかな対応とは言いにくい、とあります。
申出は、書面でなくても構いません。ただ、言った言わないを避けるために、書面やメールで日付を残すことが有効とされています。
受ける側:判断基準の5つを知っておく
反対に、仕入れ先から値上げの相談が届いたときの話です。たとえば、従業員5人の漬物の加工会社さん(仮の例)が、農家さんから単価の相談を受けたとします。
国の判断基準(施行規則 第25条)は、受ける側に、次のことを求めています。
- 1協議を速やかに始めます。定期的な協議を頼まれたら、適切な頻度で応じます
- 2公表されている統計やコスト指標を使った説明は、合理的な根拠として尊重します
- 3価格などの条件を、一方的に決めません
- 4協議の申出を理由に、取引の数量を減らしたり、取引をやめたりしません
- 5受け入れられないときも、検討の結果と、その理由を説明します
このほか、持続的な供給に役立つ取組(商慣習の見直しなど)を提案されたときも、速やかに必要な検討と協力を行うことが求められています。
ここで大事なのは、5番です。協議のうえで値上げを断ること自体は、禁じられていません。求められているのは、検討の結果と理由を伝えることです。農林水産省のガイドブックには、努力義務違反になりうる行為の例が、いくつも載っています。
- 忙しいことだけを理由に、協議の申出に取り合わない
- 公表された統計による説明を根拠として扱わず、すぐには出せない細かい内訳を求める
- 補助金を受けていることを理由に、一方的に納品価格を下げる
- 「受け入れられません」とだけ回答して、理由を説明しない
- 協議の申出を理由に、取引をやめると示して、申出を取り下げさせる
協議に応じるのは、手間のかかる話に聞こえるかもしれません。ただ、出す側から見れば、相談を受け止めてくれる買い手には、長く出荷したいと考えるのが自然です。不作の年や品薄の時期に、先に声をかけてもらえる関係づくりの手間と考えると、見え方が変わるかもしれません。
ただし、例外と注意
次の点は、勘違いしやすいところです。
- 強制ではなく、努力義務です。農林水産大臣は、必要があれば指導と助言ができます(第38条)。措置の実施が判断基準に照らして著しく不十分と認めれば、勧告ができます。勧告に従わなければ、公表ができます(第39条)。順番を踏む仕組みです
- 競り取引と入札取引は、取引条件の協議が想定されないため、この措置の対象にならないとされています。競りや入札で売る分は、対象外です
- 消費者に直接売る小売や直売は、対象外と読めます。条文(第36条)が、「他の飲食料品等事業者等との」取引と書いているためです。ただし、ガイドブックに、はっきりした記載はありません
- 飲食店が買い手のとき、対象に入るかどうかは、ガイドブックに記載がありませんでした。条文(第33条)の言葉は「飲食料品等の製造、加工、流通又は販売の事業を行う食品等事業者」です。迷うときは、地方農政局に確認してください
- ガイドブックには、事業の規模による除外の記載はありません。個人の農家さんも、従業員が数人の会社も、対象になりえます
コスト指標についても、書いておきます。米、野菜、豆腐、納豆、飲用牛乳(成分調整牛乳を除く)の5品目が、指標を作る対象として決まっています(施行規則 第26条)。国が認定した団体が、生産から販売までの費用を示す指標をつくり、協議で使えるようにします。ただし、国が認めた最低取引価格ではありません。農林水産省の資料には、取引価格が指標を下回っていても、直ちに措置の対象になるわけではない、とあります。品目ごとに、指標の作成が順に進んでいます。公表の状況は、農林水産省のページで確認してください。
独占禁止法の違反が疑われる場合は、公正取引委員会に通知される仕組みです。こちらは別の法律で、別の話です。
困ったときの窓口として、農林水産省のホームページには、努力義務に違反する事業者の情報を受け付ける窓口が、常時開かれています。相談先は、地方農政局にもあります。
今日からできる最初の一歩
営業の目線で見ると、値上げの相談は、お願いではなく、安定して届けるための相談です。法律も、「持続的な供給」を目的にしています。相談の1枚には、値上げの話だけでなく、相手の得になる話を1行足すと、通りやすくなります。たとえば、納品の頻度をそろえる、規格を絞る、まとめて出荷する、といった提案です。
最初の一歩は、売上のいちばん大きい品目を1つ選んで、費用を書き出すことです。資材、燃料、人件費、運賃を、月ごとの伝票で並べます。数字がそろえば、申出の1枚は、ほとんど書けたも同然です。
もう1つ、取引先が1社に偏っていないかも確認します。仕入れ先を2本持つ考え方は、こちらの記事にあります。
営業の数字を見直す視点は、こちらの記事にまとめています。
10月に営業の数字を見直す5つの視点。後半戦の売上を作る保存版
運営元:コミッターズ
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参考(外部サイト):農林水産省、農林水産省(2)、農林水産省(3)、農林水産省(4)、e-Gov法令検索、e-Gov法令検索(2)
※一般的な解説です。個別のケースは顧問税理士・社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。